姉御が亡くなって、早いもので、丸二年が経ちました。
18日(日曜)は、3回忌法要でした。
思い出せば・・・2年前の正月。
1月の2日、姉と義兄が年始の挨拶で私の自宅に訪れました。最後の挨拶でした。
その翌日、義兄宅へ私が遊びに行きました。
偶々姉の友人が来ていて、そこに私が交じり4人でテレビを見ながら、酒を飲んでいました。
姉は、肩こってないか!?と何気に友人の肩をマッサージし、続いて・・・カツもな!と私の肩も揉んでくれました。
姉は、更年期障害の影響か!?普段から早めに休んでいるようで、その日も夕方になると、ちょっと疲れたから先に休むわ!と・・・
義兄は、少し経ったら復活してこいよ!と言いながら、姉は2Fへ。
姉の元気な姿を見るのは、これが最後でした。
肩を揉まれた事を思い出すと、「後は、頼むぞ!」とでも言っていたのか・・・
20日 今日が命日です。
義兄よ! いいひと見つけろよ!
きっと、姉御も願ってるぞ・・・。
当時の日記がmixi↓に残っていたので、下記に編集して転記しておきたいと思います。
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=8836603
2007年1月18日
15時ごろ姉が義兄(姉の夫)へ電話。
「気持ちが悪いんで病院へ連れてって・・・」と。
義兄が15時半ごろ自宅へ帰ると、姉は既に倒れていて意識がない。
救急車・・・
義兄は私の弟の携帯へ連絡。
ちなみに、当時、私は携帯電話を所持してませんでした。
そして弟は嫁(私の義妹)の携帯へ連絡。電話が入っていると義妹から・・・
18日17時30分ごろの事です。私は仕事中でした。
ちなみに、義妹とは、勤めている会社が同じです。
それは、「姉が倒れた。既に脳死状態・・・」という電話でした。
救急車で搬送された病院へ急ぎました。
家族みんなで、先生から説明を聞きました。
原因は、くも膜下出血。
早ければ心停止は今日。
面会しましたが、意識もなく呼吸もありません。人工呼吸でした。
絶望的でしたね。
出血後、早い段階で脳全体に血が広がり、病院に運ばれて着た時は、既に脳が死んだ状態で手の施しようがなかったという。
出血が微量だったり、また出血しても血が固まり広範囲に広がらなければ、手の施しようがあったそうですが・・・
その血が固まらない原因として・・・
姉本人曰く更年期障害、本来の病名は難しく忘れましたが、2つの病名を抱え薬を沢山服用していました。
その薬の中に、簡単に言って血をサラサラにするものがあったらしく、出血しても健康な人と比べると非常に止まりにくかったそうです。
2007年1月20日 16時40分ごろ、静かに息をひきとりました。